丸由産業株式会社丸由産業株式会社

会社概要

社名 丸由産業株式会社
所在地 〒619-0222
京都府木津川市相楽明后前3番地
TEL 0774-72-3444
FAX 0774-73-2223
創業 昭和47年5月
代表取締役 福岡 貞男
事業内容 織生地加工・出荷
貼り合わせ
資本金 1000万円
加盟団体 木津川市商工会
山城織物協同組合
公益社団法人 宇治納税協会
社団法人 京都南労働基準協会
相楽交通安全協会
MAP

会社沿革

創成期

明治30年頃
相楽木綿の産地の為、福岡国松(初代)が、綿糸を仕入れ販売の糸問屋を始める。
大正前期頃
福岡作次郎(二代目)が相楽木綿を手機(てばた)織機で織り始める。
昭和2年
力織機の導入に伴い、京都府相楽郡木津町相楽八ヶ坪1番地に福岡織布工場を設立して、蚊帳織物を始める。
昭和20年頃
蚊帳織物の技術を利用して、襖の生地の織物を始める。
昭和21年頃
福岡善盛(三代目・前会長)が終戦後に復員し、福岡織布工場に勤める。

第一次変革期

昭和47年5月4日
織物を直接消費者に提供するために壁紙・襖紙を製造・販売する目的で、福岡善盛(三代目・前会長)が京都府相楽郡木津町相楽明后前3番地に丸由産業株式会社として法人成立。資本金500万円。
昭和50年
襖紙の製造・販売に伴い、九重織の製品を織り始める。
昭和52年
福岡貞男(四代目・現社長)が福岡織布株式会社及び、丸由産業株式会社に入社。
昭和53年
国が構造改善事業として、織機の台数確認及び、台数の減少を目的として織機の権利の買い上げをする。
昭和55年5月26日
現工場長が入社する。
昭和55年
現工場長が自社製品及び、外注製品の規格を資料帳としてまとめ始める。
昭和58年
襖の生産率を上げる為に、イマムラ社製のレピア織機を12台導入する。この織機を導入したことによって、よこ糸が6種類まで使用して生地を織れるようになり、製造できる生地のバリエーションが増える。
昭和58年12月10日
福岡織布工場を福岡織布株式会社へ法人化。資本金1000万円福岡善盛(三代目・前会長)が福岡織布株式会社の社長に就任する。
昭和62年
国が構造改善事業として、最後の織機の権利の買い上げを行う。この出来事以降、織機に権利がつくことはなくなり、だれでも織業界に参入できるようになり、同業種が増えた。

第二次変革期

平成元年
壁紙生地の外注を受けて製造するようになる。福岡貞男(四代目・現社長)が福岡織布株式会社社長に就任する。
平成4年
福岡善盛(三代目・前会長)が産業功労者として表彰される。
平成7年
住宅の着工件数が減少することを予測し、襖生地とは別に新しい柱となる新製品を模索していたところ、取引先から照会があり、試行錯誤の末、ストールの生地を織り始める。
平成9年
カバン生地の加工依頼に来たカバン生地メーカーにナイロン繊維等の生地製造の相談を受け、試行錯誤の結果織ることができ、カバン生地の外注を受けるようになる。
平成12年
イマムラ製レピア織機4台を出して、ナイロン等の特殊な糸や太い糸なども織れる、アイワ製レピア織機を1台導入する。
平成14年
福岡善盛(三代目・前会長)が藍綬褒賞を受ける。
平成18年
アイワ製レピアをもう1台導入する。計2台。
平成19年
福岡善基(五代目・現専務)が福岡織布株式会社及び、丸由産業株式会社に入社。
平成20年
生産率を上げる為に、イマムラ製レピア2台を出して、回転数が高く織れる生地の量が多い、津田駒製R-200を2台導入する。
平成24年
最新式の織機、津田駒製のエアージェットZAX-9100を2台導入する。これにより、ある程度の大量生産が可能になる。
平成29年
ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金にてコーディング機の増設。
令和2年
小規模事業者持続化補助金にて、ラミネート機の乾燥能力を高め、のり付きふすま紙の製造を始める。